相続財産が離婚時の財産分与の対象となる例外的な場合を解説します

相続財産なのに財産分与の対象になるの?

 遺産相続により得た相続財産は、相続人の配偶者が何かしてくれたおかげで取得できたものではありません。
 相続財産を取得したことと、相続人の配偶者は全く無関係です。
 そのため、相続財産は相続人の特有財産であって、離婚時に相手に財産分与する必要がないのが原則です。
 ただし、相続財産が財産分与の対象となる例外的な状況も存在しています。

1.相続財産(遺産)は原則として財産分与の対象とならない

財産分与は、婚姻期間中に夫婦の協力によって形成された財産を、離婚の際に公平に分け合う制度です。

そのため、名実ともに相手の協力とは完全に無関係に得た財産(特有財産)は、預貯金、不動産、自動車、保険、退職金、株式・国債などの有価証券、家具家電類などの財産の内容を問わず、財産分与の対象とならないのが原則です。

そして、相続財産は、夫婦の協力によって形成された財産ではありません。

そのため、相続財産は財産分与の対象とならないのが原則です。

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2.相続財産が例外的に財産分与の対象となる場合もある

⑴相続財産の維持形成に他方配偶者が協力・貢献していた場合

どうして相続財産が財産分与の対象となるのか

特有財産が財産分与の対象とならないと考えられているのは、特有財産が夫婦の協力とは無関係に形成された財産であるからです。

そうだとすれば、特有財産の取得自体には他方配偶者の協力がなかったとしても、その特有財産の維持形成に他方配偶者の協力・貢献があった場合には、その協力があったために維持された部分については財産分与の対象となると考えられています。

ここで注意が必要なのは、他方配偶者が当該相続財産の維持形成にどれほど協力・貢献していたとしても、当該特有財産の取得の点には他方配偶者の協力・貢献は一切ないということには変わりがないということです。

そのため、財産分与の対象となるのは、当該特有財産の全体ではなく、あくまで当該特有財産の維持形成への協力・貢献があったと認められる限度となります。

裁判所が相続財産を財産分与の対象とした例

東京高等裁判所昭和55年12月16日

この事案では、夫が婚姻中に父から相続した借地権の1割の財産分与が認められています。

確かに、夫が借地権を取得した原因は相続であるため、妻は当該借地権の取得そのものには一切協力(寄与)も貢献もしていません。

ただし、この事案では、当該借地上で店舗を経営していたところ、夫が脳脊髄膜炎で入院してしまい、約3か月間入院した上、退院後も1年ほど通院していました。

そして、その間、妻が夫に代わって自ら従業員を指揮するなど店舗経営に主体的に携わり、さらに、夫の要求に応じてホステスとして働くなどして、家計の維持に多大な貢献をしていました。

裁判所は、その事情を考慮して、当該借地権の維持に協力(寄与)していたことが明らかであるとして、当該借地権の価格(約2765万円)の1割を財産分与の対象となると判断したものです。

東京地方裁判所平成15年11月10日

この事案では、夫が婚姻中に父から相続した遺産について、相続の際の相続税の支払いに夫婦共有財産が1000万円以上用いられていたという事情がありました。

裁判所は、その事情を考慮して、夫が父から相続した遺産について、その限りで財産分与の対象となると判断しました。

⑵特有財産であることが証明できなかった場合

ある財産が財産分与の対象となるかどうかについて夫婦が争って合意できない場合は、最終的には裁判所が財産分与の対象となるかどうかを判断することとなります。

その際、裁判所は「当該財産が夫婦共有財産なのかな、それとも夫婦の一方の特有財産なのかな」という視点で検討して判断するものではありません。

裁判所は「当該財産が特有財産であると主張している方がそのことをちゃんと証明するかしないか」という視点で検討し、特有財産であることが証明されなければ全て夫婦共有財産であると判断してきます

なぜなら、民法に、このような規定があるからです。

民法762条

1項
夫婦の一方が婚姻前から有する財産及び婚姻中自己の名で得た財産は、その特有財産(夫婦の一方が単独で有する財産をいう。)とする。

2項
夫婦のいずれに属するか明らかでない財産は、その共有に属するものと推定する。

つまり、特有財産であれば得をする方(特有財産の名義人)が、特有財産であることを証拠に基づいて証明できなければ、客観的真実は特有財産であったとしても、夫婦共有財産であるとして財産分与の対象とされてしまうことになるということです。

相続財産であることを証明するための証拠としては、遺産分割協議書や、通帳の写し・取引履歴などが考えられます。

なお、相続財産がそのままの形で残っているのではなく、例えば相続した預貯金に基づいて自宅を購入したり、株式を買い足したりした場合もあるでしょう。

そのような相続財産を原資として取得した財産や、取得の対価の一部に相続財産が原資として用いられていた財産も、相続財産が原資として用いられた分の価値は財産分与の対象とならないと考えられています。

ただし、そのことも、相手が認めない場合には、証拠により証明しなければなりません

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このように、相続財産は、相手が認めない場合は、特有財産である(それが相続により取得した財産である)ことを証拠に基づいて証明しなれば財産分与の対象とされてしまいます

ただ、この特有財産であることの証明を巡り、時折大きな問題が生じることがあります。

それは、特有財産であることを証明する証拠が存在しない(裁判所に提出できない)場合があるという問題です。

相続してから期間が経過すればするほど、相続財産であることを証明する証拠は無くなっていきます。

例えば、預貯金に関しては、相続により獲得した預貯金が入金されている履歴が載っている通帳があれば良いですが、古い通帳をそのまま無くさないで保管し続けていない場合には、銀行に取引履歴を発行してもらわなければなりません。

ただし、銀行は、通常10年以上遡った取引履歴を発行してくれないことも多いです。

そうなれば、本当は相続した預貯金であるにも関わらず、そのことを証明するための証拠を取得できないということとなります。

相手が相続財産であることを認めれば良いでしょうが、相手としても、そのような昔のことを明確に覚えていないでしょうし、うっすらと覚えていたとしても「覚えていない」と言ってくる可能性も十分にあります。


また、相続した時期が昔であって証拠を集めることができないという問題の他にも、実際上特有財産であることの証明が極めて困難である場合もあります。

例えば、両親から金融資産を相続した後、それを運用する中で、夫婦共有財産(給与など)を注ぎ込んでいた場合は、相続財産と夫婦共有財産が混ざり合っている状況になります。

また、もっと単純に、両親から相続した預貯金を夫婦の生活費用の給与口座に入金して、日常生活上定期的に引き出して使用していた場合も、当該口座の中の預貯金は、相続財産と夫婦共有財産が混ざり合っている状況になります。

具体的にいうと、夫名義の給与口座の中には150万円の預貯金が存在しており、そこに夫が相続した250万円を入金し、その後夫の給与が毎月入金されつつ、夫婦がその口座から生活費や光熱費などを定期的に支出していたとします。

そして、財産分与の基準となるタイミング(別居時又は離婚時のいずれか早い方)において、当該口座の中には50万円の預貯金が残っていたとします。

この50万円は、夫が相続した金員なのか、夫の給与という夫婦共有財産なのかは、極めて難しい問題です。

このような場合、裁判所は、特有財産性が証明されるかどうかを問わず特有財産であることを認めてくれない場合もあります。


このような事態を避けるためには、相続財産と夫婦共有財産を完全に別に管理しておくことが有用です。

相続した時点では将来の離婚など考えていない場合も多いでしょうから、現実問題として難しい場合も多いことと思われます。

ただ、相続した際に将来の離婚の可能性を感じているのであれば、将来の離婚紛争に備えて、念の為に、相続財産と夫婦共有財産を完全に別に管理しておくことを検討することもあり得ることでしょう。

将来の離婚の可能性を感じている際は、準備は早くしておくことに越したことはありませんので、現時点でどのような視点で何をしておくことが良いのかの点について、一度弁護士に相談して確認しておくことをおすすめします。

     

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