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結論を言えば、特有財産からの収入を婚姻費用の金額の計算に考慮するかどうかについて、家庭裁判実務上、完全に決まった考え方があるわけではありません。
一応の基準はありますし、一応の交渉の進め方もあります。
とはいうものの、個別具体的な事情ごとに最も適切な交渉の進め方はまちまちです。
婚姻費用の金額は離婚条件にも直結する問題ですので、相手の主張に流されず、また、調停委員の合意させるための説得に流されず、主張するべきことは主張していくのが良いでしょう。
このページの目次
1.婚姻費用の計算方法
婚姻費用とは、夫婦が通常の社会生活を維持するために必要な費用(生活費、住居費、食費、医療費、学費など)のことを言います。
婚姻費用の具体的な金額については、裁判所が婚姻費用算定表を公表しています。
※引用 裁判所:統計・資料:公表資料:平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について
この婚姻費用算定表は、夫婦の収入金額に基づいて婚姻費用の具体的な金額を計算しています。
そのため、時折、夫婦の間で、婚姻費用の算定の基礎となる収入金額を巡って対立が生じる場合があります。
婚姻費用を支払ってもらう方からすれば、自分の収入金額は低く、相手の収入金額は高い方がもらえる金額が多くなりますし、婚姻費用を支払う方からすればその逆になります。
この記事では、特有財産からの収入がある場合に、その収入が婚姻費用の算定の基礎となる夫婦の収入金額に加算されるかどうかについて、説明します。
2.特有財産とは
特有財産とは、他方配偶者の協力とは完全に無関係に得た財産のことを言います。
例えば、以下の3つの財産はいずれも相手の協力とは完全に無関係に得た財産ですので、原則として特有財産となります。
特有財産の典型例
- 独身時代に形成した財産
- 相続した財産
- 親族等から贈与された財産
そして、特有財産は他方配偶者とは無関係に得た財産ですので、原則として財産分与の対象になりません。
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3.特有財産からの収入は婚姻費用の算定上考慮される?
特有財産から収入を得ている場合(例えば、相続したマンションから賃料収入を得ている場合など)、その収入は婚姻費用の金額の計算に影響を及ぼすのでしょうか。
⑴特有財産からの収入も婚姻費用の算定上考慮されるのが原則
特有財産は、他方配偶者とは無関係に得た財産であり、財産分与の対象ともなりません。
そうである以上、特有財産からの果実(家賃など)も婚姻費用の算定上考慮することはおかしいような気もします。
しかしながら、家庭裁判実務上は、特有財産からの収入も婚姻費用の算定の上で考慮されることが原則となっています。
⑵なんで特有財産からの収入が婚姻費用の算定上考慮されるのか
婚姻費用を分担する義務は、夫婦双方が同水準の生活を保持させる義務(生活保持義務)と考えられています。
そのため、収入が高い方の配偶者は、収入が低い方の配偶者に対して、婚姻費用として、自身と同水準の生活レベルを維持することができるだけの金額を支払わなければならないということになります。
ここで、特有財産からの収入を婚姻費用の計算の上で考慮しないとなれば、特有財産からの収入がある方の配偶者の生活水準は、他方配偶者よりも高水準となってしまいます。
それでは夫婦双方に同水準の生活を保持させるという生活保持義務の要請を満たせません。
具体例で説明①
事例
夫は、給与収入500万円の他、父から相続したマンションの賃料収入で毎年1000万円の収入を得ていた。
妻の給与収入も、夫と同様500万円であった。
夫婦は、お互いの給与収入と、夫の賃料収入を使って生活をしていた。
婚姻費用の金額
夫の賃料収入を無視すれば、夫の収入も妻の収入も500万円であるため、婚姻費用は発生しない。
不都合性
夫は、妻よりも、賃料収入1000万円の分だけ収入が多いので、夫と妻の生活水準には極めて大きな差が生じてしまう。
これでは夫婦双方に同水準の生活を保持させるという生活保持義務の要請を満たせない。
つまり、「婚姻費用は夫婦が同等の生活ができるようにするための費用だから、収入がある以上はその収入も婚姻費用の算定の際に考慮しなければ夫婦の生活水準に差が生じちゃうのでおかしいじゃないか!」ということです。
また、法律上も、婚姻費用について定めている民法760条は婚姻費用においては夫婦の「資産」を考慮すると規定している上、夫婦の収入については特段制限なくおよそ「収入」があればそれは制限なく全て考慮されることを前提としています。
民法760条
夫婦は、その「資産」、「収入」その他一切の事情を考慮して、婚姻から生ずる費用を分担する。
このような理由から、特有財産からの収入は、原則として、婚姻費用の算定の上で考慮されることになります。
4.特有財産からの収入が婚姻費用の算定上考慮されない場合もある!
特有財産からの収入が夫婦の生活とは完全に切り離されており、全く使用されていなかった場合にも、婚姻費用の計算において特有財産からの収入も考慮するべきでしょうか。
夫婦が特有財産からの収入を全く使用せずに生活していた場合は、特有財産からの収入を考慮して婚姻費用の金額を計算するとむしろ不公平となってしまうとも考えられます。
具体例で説明②
事例
夫は、給与収入500万円の他、父から相続したマンションの賃料収入で毎年1000万円の収入を得ていた。
妻の給与収入も、夫と同様500万円であった。
なお、夫は、相続したマンションの管理を母に委ねており、賃料収入も母が管理している状況であり、賃料収入には一切手をつけていなかった。
婚姻費用の金額
夫の賃料収入を無視すれば、夫の収入も妻の収入も500万円であるため、婚姻費用は発生しない。
夫の賃料収入を婚姻費用の計算上考慮する場合は、夫から妻に毎月21万5000円の婚姻費用を支払うべきこととなる。
不都合性
夫婦は、同居中は夫の賃料収入を一切使用しない水準の生活をしていたはずである。
それにも関わらず、夫の賃料収入も婚姻費用の計算の上で考慮することとなれば、夫は、妻に対して、賃料収入1000万円の全額を生活に使用した場合の水準の生活ができるだけの金額を、婚姻費用として妻に対して支払わなければならないこととなる。
そのため、裁判所も、特有財産からの収入が夫婦の生活の上で使用されていなかった場合には、婚姻費用の算定の上で考慮しないとの扱いをする場合もあります。
裁判例:東京高等裁判所決定昭和57年7月26日
この裁判例の事案では、義務者は相続財産からの賃料収入と給与収入を得ていましたが、夫婦は義務者の給与収入のみで生活を維持しており、賃料収入は一切生活に使っていませんでした。
そのことから、裁判所は、権利者は「従前と同等の生活を保持することが出来れば足りると解するのが相当である」とした上、「婚姻費用の分担額を決定するに際し考慮すべき収入は、主として相手方の給与所得である」「(義務者の賃料収入は)婚姻費用の額を定めるについて特段の影響を及ぼすものではない」と判断しました。
裁判例:大阪高等裁判所決定平成30年7月12日
この裁判例の事案では、特有財産からの収入も「双方の婚姻中の生活費の原資となっているのであれば、婚姻費用分担額の算定に当たって基礎とすべき収入とみるべきである。」と判断しました。
なお、この裁判例では、同居中に権利者が実際に使用することができた金額(月額約15万円)と、義務者の特有財産からの収入を含めて婚姻費用算定表にて計算した金額が近い金額であったことから、裁判所は、特有財産からの収入も「双方の婚姻中の生活費の原資となっている」と考えて、婚姻費用の算定上考慮しました。
5.実のところ家庭裁判実務上の考え方は決まっていない!
実のところ、特有財産からの収入を婚姻費用の金額の計算に考慮するかどうかについては、家庭裁判実務上、完全に決まった考え方があるわけではありません。
そもそも、婚姻費用を分担する義務は生活保持義務(夫婦双方が同水準の生活を保持させる義務)です。
上述した東京高等裁判所決定昭和57年7月26日の「(権利者は)従前と同等の生活を保持することが出来れば足りる」との判断や、大阪高等裁判所決定平成30年7月12日の同居中の実際の生活費の使用状況を基準にする判断は、この婚姻費用の法的性質と矛盾した結論となってしまう場合がある気がします。
婚姻費用分担義務が生活保持義務(夫婦双方が同水準の生活を保持させる義務)である以上、実際に収入がある以上はその収入も考慮して婚姻費用を計算するべきであることは当然のことであり、その収入が特有財産からの収入なのかどうかを問題とすること自体がおかしなことであって、まして同居中の生活状況を基準に別居後の生活費の金額を決めることは間違っているとも思えます。
実際、裁判例の中には、夫婦が特有財産からの収入を生活費として使用していたかどうかを問題とすることなく、特有財産からの収入も全て婚姻費用の計算の上で考慮されるべきであると考えていると思われる裁判例もあります(東京高等裁判所決定昭和42年5月23日、東京家庭裁判所決定令和元年9月6日、東京高等裁判所決定令和元年12月19日)。
具体例で説明③
「特有財産からの収入が双方の婚姻中の生活費の原資となっているかどうか」という基準で判断する考え方は、例えば以下のような事例では、極めて不合理・不公平な結論となるように思われます。
事例
夫は、独身時代に父から相続したマンションの賃料収入で毎年2000万円の収入で十分に生活が維持できるため、就職をせずに生活をしていた。
妻は、正社員として働いており、去年の給与収入は800万円であった。
夫は、婚姻した後は妻の収入をあてにする生活をするようになり、賃料収入は全額を母に委ねて貯蓄するようになった。
婚姻費用の金額
夫の賃料収入を無視すれば、夫の収入は0円、妻の収入は800万円であるため、婚姻費用は妻から夫に対して毎月13万5000円程度を支払うべきこととなる。
夫の潜在的稼働能力を考慮して夫には120万円の収入があることを前提として計算するとしても、婚姻費用は妻から夫に対して毎月11万円程度を支払うべきこととなる。
不都合性
夫の賃料収入が同居中は生活費の原資になっていなかったとの理由で夫の賃料収入を婚姻費用の計算の上で考慮しないのであれば、既に夫婦が別居状況に至っているにも関わらず、夫は資産を増やしつつ、今後も妻の収入をあてにした生活を続けられることとなる。
また、夫は、妻と別居した状況に至った以上は、独身時代にそうしていたように、賃料収入を使用した生活を開始する可能性が非常に高いし、実際にそのような生活を開始する場合もある。
それにも関わらず、妻が夫に対して夫の賃料収入を無視して計算した金額で婚姻費用を支払わなければならないとするならば、夫婦の生活水準に非常に大きな差異が生じることとなる。
これでは夫婦双方に同水準の生活を保持させるという生活保持義務の要請を満たしているとはとてもいえない。
アドバンスな交渉戦略
「特有財産からの収入が双方の婚姻中の生活費の原資となっているかどうか」という基準で判断する考え方は、例えば以下の事例では、考え方次第で結論が分かれるような気がします。
事例
夫は、父から相続したマンションの賃料収入500万円と給与収入800万円を得ていた。
妻も、父から相続したマンションの賃料収入300万円と給与収入400万円を得ていた。
夫婦は全ての収入を渾然一体として生活していたが、平均すると、概ね年間800万円程度を生活費として消費していた。
検討
夫婦の全ての収入の合計は2000万円であり、そのうち給与収入の合計は1200万円、特有財産からの収入の合計は800万円です。
ただ、夫婦は、渾然一体となっている合計2000万円の総収入のうちの800万円程度しか消費せずに生活をしていたわけです。
この夫婦は、特有財産からの収入を生活費として使用していたといえるでしょうか。
上述した大阪高等裁判所決定平成30年7月12日は、このような場合、婚姻費用の権利者が同居中に実際に使用することができた金額を問題として、その金額が義務者の特有財産からの収入を含めて婚姻費用算定表にて計算した金額が近い金額であったことから、特有財産からの収入も婚姻費用の計算上考慮するべきだと判断しています。
しかしながら、このような裁判例の基準が一般的に妥当するかどうかは極めて疑問ですし、同居中の生活状況を基準に別居後の生活費の問題を決めることにも疑問が生じます。
また、預貯金は色分けされていませんから、渾然一体となった預貯金から生活費を支出していた以上は、その中には当然に特有財産からの収入も含まれていたものと考えることもできそうです。
なお、裁判所は、特有財産と共有財産が渾然一体となっている場合の財産分与に関しては、特有財産であることを認めない場合もあります(詳しくは、【特有財産とは?財産分与の対象かどうかがよく争われるパターンを丁寧に解説】をご確認ください。)。
難しい話になってしまいましたが、要するに、この問題は、絶対にこうなるという結論は存在せず、その夫婦ごとに個別具体的に検討していかなければならないということです。
婚姻費用の金額は離婚条件にも直結する問題ですので、相手の主張に流されず、また、調停委員の合意させるための説得に流されず、主張するべきことは主張していくのが良いでしょう。
レイスター法律事務所では、無料法律相談にて、個別具体的な事情に基づいて、どのような主張が成り立ち得るのか、離婚紛争の全体を踏まえた上でどのように交渉していけば良いかについて、可能な限り具体的にお伝えしていますので、是非ご利用ください。