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婚前契約書とは、結婚する前に、結婚した後の共同生活上の約束事や、離婚する場合の離婚条件などについて取り交わした契約書のことをいいます。
婚前契約書を作成することには、①夫婦間で相互理解が深まる、②夫婦の婚姻関係の破綻・離婚の回避、③離婚問題の長期化防止というメリットがあります。
また、婚前契約書は、「性格の不一致」などの理由で夫婦の婚姻関係が破綻して離婚に至ってしまうことの回避に繋がったり、夫婦の婚姻関係の破綻につながるような行為をしてしまうことの抑止力となったりします。
この記事では、婚前契約書によく盛り込まれる取り決めの内容や、その法的な効力について解説します。
このページの目次
1.「婚前契約書」とは?
婚前契約書とは、結婚する前に、
- 結婚した後の共同生活上の約束事
- 離婚する場合の離婚条件
などについて取り交わした契約(婚前契約)の内容を記載した契約書のことをいいます。
婚前契約は、現在日本では利用する夫婦は多くないですが、欧米ではPrenup(プレナップ)と呼ばれ、極めてポピュラーな契約です。
また、婚前契約のうちの夫婦の財産関係に関する取り決めの部分については「夫婦財産契約」とも呼ばれています。
婚前契約書に記載される取り決めの内容
①夫婦財産契約(夫婦の財産関係に関する取り決め)
+
②夫婦の財産関係以外の取り決め
夫婦の財産関係について、民法は、法律よりも夫婦間の契約(夫婦財産契約)が優先される(夫婦間の契約がない場合に初めて法律上の規定によって判断する)こととしています。
民法755条
夫婦が、婚姻の届出前に、その財産について別段の契約をしなかったときは、その財産関係は、次款に定めるところによる。
このように、意外に思われる人も多いと思われますが、夫婦の財産関係(例えば婚姻費用の金額や支払義務の続く期間、財産分与の対象となる財産の範囲や計算方法など)について、夫婦の間で民法と異なる取り決めをしておけば、その範囲内において民法は適用されなくなります。
2.婚前契約の具体的な内容
婚前契約では、夫婦の財産関係に関する事項に関する取り決めに加えて、多種多様な取り決めが行われています。
婚前契約で取り決められることがある内容の一例を下記で紹介します。
⑴夫婦の財産関係に関する取り決め(夫婦財産契約の部分)
- 同居中の婚姻費用(生活費)の分担に関する事項
…金額・取り決め方など
- 別居に至った場合の婚姻費用(生活費)の分担に関する事項
…金額、取り決め方、支払う期間など
(例えば「婚姻費用の支払いは別居開始から1年間とし、それ以降はそれぞれの生活費はそれぞれが負担する」、「別居した場合にはそれぞれの生活費はそれぞれの負担とする」など)
- 離婚の際の財産分与に関する事項
- 「結婚前の所有財産」「結婚後に取得した個人名義の財産」「結婚後に取得したいずれの名義か不明の財産」をどのように分与するか
- 財産分与の対象から除外する財産の有無・範囲(夫婦の一方が経営する会社の株式、相続財産など)財産分与の割合
- 財産分与の方法
(例えば「夫は、妻に対して、離婚時における妻名義の預貯金の総額が500万円に足りない場合には、その足りない金額を支払う」、「夫は、妻に対して、婚姻年数×50万円の金員を支払う」など)
など
⑵夫婦の財産関係以外の取り決め
- 結婚生活に関する取り決め
- どのような夫婦となりたいかの誓い
- 夫婦のあり方に関する事項
- 病気や借金のないことの相互確認
- 婚姻届を提出する時期
- 財産管理の方法
- 家事の分担
- 育児の分担
- 大きな出費をする場合の取り決め
- 宗教・信仰に関する事項
- 結婚後の仕事
- 出産後の仕事
- 給料の管理
- それぞれの親族との付き合い方
- それぞれの両親の介護・同居に関する事項
- それぞれの誓い
- 収支を隠さない
- 仕事や家事に精進する
- お互いの親族や子供の前でお互いの悪口を言わない
- 不倫をしない・不倫と誤解されるような行動をしない
- 無断外泊しない・帰宅時間が一定時間以降になる場合には連絡を入れる
- 風俗店・キャバクラなどに行かない
- 暴言・モラハラを行わない
- 暴力(DV)を行わない
- 性交渉はお互いの意向を尊重する
- 性的嗜好を強要しない
- 飲酒は控える
- ギャンブルはしない
- 浪費をしない
- 無断で一定金額以上の買い物をしない
- 無断で借金をしない
- 相互にプライバシーを尊重する
- 無断で相手のスマホ・携帯電話などを見ない
- 相手の信頼を裏切るような言動をしない
など
- 夫婦間の罰則
- 誓いに違反する行為をした際の取り決め(違反した場合の違約金の金額など)
- 夫婦で大きな喧嘩をした際の仲介者や冷静になるための方法
- 暴力(DV)や不倫があった際の取り決め(慰謝料の金額など)
- 別居・離婚に至る際の進め方
- 離婚の際の話し合いの進め方・離婚条件の取り決め方
- 一定の離婚条件親権養育費
- 面会交流の条件(面会条件)の基本的指針
など
3.婚前契約書の作成方法
このように、婚前契約書には、カップルの間の様々な独自ルールを盛り込むことができます。
男女間で合意が成立した婚前契約の内容は、しっかりと「婚前契約書」というタイトルの書面に記載した上で男女それぞれが署名・押印したものを2通作成し、男女それぞれで管理するようにしましょう。
きちんとした書面を作成することで、結婚後お互いに婚前契約書の内容を守っていこうという共有意識も高まります。
さらに形式的に厳粛に取り決めをしたいという場合には、公証役場で公正証書を作成することもできます。
公証役場に依頼すれば、公証人の立会いの元、事前に考えた婚前契約の内容を公正証書にすることができます。
また、婚前契約のうちの夫婦財産契約の部分については、後述するように、その取り決めの内容を第三者(債権者や相続人など)に主張するためには登記をしておかなければなりませんので(民法755条)、忘れずに登記をしておきましょう(なお、登記をしなかったとしても夫婦間では完全に有効です。)。
4.婚前契約の法律上の効果
実は、婚前契約(特に夫婦財産契約以外の部分)は、取り決めた内容通りには法律上の強制力が認められないものが多いです。
まず、婚姻関係の本質を破壊するような取り決めや、極めて不平等な取り決めや、あまりにも高額過ぎる慰謝料の取り決めなどは、公序良俗に反するとして無効と判断される可能性があります (民法90条)。
また、例えば、「生涯愛し続ける」という取り決めがあったとしても、残念ながら人の心が取り決めた通りの状態で生涯維持される保証はありませんし、心変わりした相手に対して取り決めた内容を突きつけたとしても「愛し続ける」状態に戻るわけでもありません。
「不倫は絶対にしない」との取り決めがあったとしても物理的に不倫ができないこととなるものではありませんし、逆に「不倫したとしても1回であれば許す」という取り決めをしたとしても、実際に相手の不倫を知った際にどうしても許せない心持ちになることもあるでしょう。
「離婚は絶対にしない」との取り決めがあったとしても裁判離婚が認められなくなるとの効力は認められませんし、逆に「一方からの離婚の申し入れがあった場合には離婚する」との取り決めがあったとしても実際に離婚の申し入れがあった際に離婚の合意が強制されたり自動的に離婚になったりするという効果が発生することもありません。
さらに、「別居した場合にはそれぞれの生活費はそれぞれの負担とする(婚姻費用は請求しない)」という取り決めをしていたとしても、婚姻費用のうち養育費に相当する金額については、なお請求することができると考えられています。
加えて、「離婚する際には相互に慰謝料は請求しない」という取り決めがあったとしても、離婚の原因が不倫や暴力(DV)などにあった場合には、裁判所は、そのような行為によって夫婦の婚姻関係を破綻させた相手の慰謝料責任を認めることが多いです。
また、離婚の際の子供の親権者の指定に関する取り決めがあったとしても、離婚の際に夫婦が親権者の指定について争った際には、裁判所は親の都合ではなく子供のためにもっとも良い形で親権者を指定しますので、婚前契約での取り決めの通りとなるとは限りません。
このように、婚前契約書を作成していたとしても、作成した通りの効果が完全に認められないこともよくあります。
では婚前契約などしても大体において意味がないのかと言えば、そんなことはありません。
後述するように、婚前契約には多くのメリットがあります。
5.婚前契約書を作成するメリット
婚前契約書を作成することには、以下の大きなメリットがあります。
- 夫婦間で相互理解が深まる
- 夫婦の婚姻関係の破綻・離婚の回避
- 離婚問題の長期化防止
⑴夫婦間で相互理解が深まる
婚前契約の内容を巡る話し合いを通じて、夫婦となろうとする男女の間での相互理解を深めることが期待できます。
例えば、結婚後に直面しがちな問題(仕事・家事・育児・趣味・両親の介護問題や同居問題など)について男女の間で考え方に違いがあることに気が付かずに結婚した場合、結婚した後にその問題に直面した際に、夫婦間で話し合って解決することができず、最悪のケースでは夫婦の婚姻関係が破綻し、離婚に至る原因となる可能性があります。
婚前契約を結婚前に取り交わすことにより、このような結婚後に直面しがちな問題について、結婚前のいわばイーブンな状況で時間をかけてしっかりと話し合いを行うことができます。
例えば、妻となろうとする女性が
子供の出産後もできる限り仕事上のキャリアを守っていきたい!
と考えていたとしても、夫となろうとする男性が
子供が生まれる前は『家事は、原則として、夫と妻が平等に分担する』との取り決めで良いけれど、子供ができたら仕事を辞めて家事・育児に専念してもらいたい。
と言ってくるかもしれません。
逆に、妻となろうとする女性は子供を授かったら仕事を辞めて専業主婦として育児に専念したいと希望していても、夫となろうとする男性は子供が産まれてからもダブルインカムの生活を想定しているかもしれません。
また、外泊に関する取り決めを巡り、妻となろうとする女性が、
外泊をする場合には事前に理由を説明してもらいたい!
と伝えたところ、夫となろうとする男性が
外泊の理由を一々説明をすると窮屈になっちゃうから、取り決めは『外泊をする際は事前に外泊をするということを連絡する。』だけにしたい。
などと言ってくるかもしれません。
その他にも、結婚後の双方の実家との付き合い方に関する感覚が一致しているかどうかについて、改めて話し合いをするきっかけとなります。
実家との関係で言うと、例えば夫となろうとする男性は「自分の両親に介護が必要となった場合には自分の両親と同居して妻に介護を取り仕切ってもらいたい」と考えているかもしれませんが、そのような希望を結婚前には妻となろうとする女性に伝えずに、結婚した後で実際に両親の介護問題に直面してから言い出せばいいと考えているかもしれません。
生活費の分担については、
- それぞれの稼ぎをそれぞれが管理しつつ、家族の共同生活に必要な金員は別途一定の口座に入金してそこから用いる
(入金額の割合は収入比とする、同額とするなど) - 夫か妻の一方が全て管理しつついわゆるお小遣い制とする
など様々なやり方がありますが、その点に関してもしっかりと話し合うきっかけになります。
また、相互のスマートフォンを見せ合う・パスワードを交換するかどうかの点で男女の間に意識のズレがあり、結局そこは相互にプライベートな領域があることを理解して見せ合うことはしないというルールを作った例もあります。
婚前契約は婚前契約書に記載するという「目に見える形での正式な約束事」になりますので、結婚した後によく起こり得る様々な問題について結婚する前にしっかりとした話し合いをする良いきっかけとなります。
そして、そのような話し合いを通じて、夫婦となろうとする男女の間で、相互の結婚観・価値観・人生観などについて相互に理解を深めることができるとともに、結婚後の生活に対する不安の解消・低減が期待できます。
このように、婚前契約は、結婚後の家族円満の維持や将来の離婚の防止に重要な意義を有します。
⑵夫婦の婚姻関係の破綻・離婚の回避
婚前契約は、夫婦となろうとする男女がしっかりと話し合って定めた契約であり、婚前契約書という目に見える形での取り決めです。
その分、婚前契約書を取り交わすことにより、口約束などとは異なり、夫婦間で相互の考え方や人格を尊重する意識が強まり、夫婦相互間で定めた内容を誠実に守っていこうという意識を持つことが期待できます。
夫婦の婚姻関係の破綻につながるような行為(不倫、無断外泊・深夜帰宅、暴言・モラハラ、暴力(DV)、性的嗜好の強要、過度の飲酒、ギャンブル、風俗店・キャバクラの利用、プライバシー侵害、浪費・借金など)をしないことを約束した上で、約束に違反する行為をした際の違約金・慰謝料などを取り決めておくことで、そのような行為をしてしまうことの抑止力となることにも期待できます。
また、夫婦で大きな喧嘩をした際の仲介者や冷静になる方法を取り決めておくことで、夫婦間の喧嘩やすれ違いが、夫婦の婚姻関係が破綻するような事態に発展してしまう前に踏みとどまることが期待できます。
このように、婚前契約書の作成は、結婚後のトラブルを防止し、家族円満の維持や離婚問題が発生するほどに夫婦の婚姻関係がこじれていってしまうことを回避することにも役に立ちます。
⑶離婚問題の長期化の防止
万一離婚という結論となった場合でも、離婚問題はこじれずに短期間で終了するに越したことはありません。
婚前契約において財産分与などの離婚の条件を詳細に取り決めておくことで、離婚条件を巡る離婚紛争を回避することができます。
また、別居の方法や離婚問題の話し合いの方法などをしっかりと取り決めておくことにより、トラブルなく夫婦の婚姻関係の解消に向けた話し合いを進めることが期待できます。
このように、婚前契約書を作成しておくことで、離婚の話し合いや離婚条件の取り決めをスムーズに行うことができ、離婚問題の長期化・泥沼化が回避できる可能性が上がります。
5.婚前契約の要件
婚前契約のうちの夫婦財産契約の部分は婚姻届を提出する前に締結することが必要とされており、さらに第三者(債権者や相続人など)に契約内容を主張するには登記をしなければならないとされています。
ただし、登記をしなかったとしても第三者(債権者や相続人など)に対して夫婦財産契約の内容を主張できないというだけであり、夫婦相互の間では完全に有効です。
民法755条
夫婦が、婚姻の届出前に、その財産について別段の契約をしなかったときは、その財産関係は、次款に定めるところによる。
民法756条
夫婦が法定財産制と異なる契約をしたときは、婚姻の届出までにその登記をしなければ、これを夫婦の承継人及び第三者に対抗することができない。
民法758条1項
夫婦の財産関係は、婚姻の届出後は、変更することができない。
他方、夫婦財産契約の部分に関しては法律上婚姻の届出前でなければ締結することはできませんが、それ以外の部分に関しては、婚姻届を提出した後に夫婦間で婚前契約と異なる内容の約束をすることも可能です。
ただし、夫婦間の契約はいつでも夫婦の一方から取り消すことができますので (民法754条本文)、拘束力が極めて弱いものとなります。
民法754条本文
夫婦間でした契約は、婚姻中、いつでも、夫婦の一方からこれを取り消すことができる。
6.婚前契約書の作成を検討しよう
離婚問題は極めてストレスの大きなものであり、避けられることに越したことはありません。
男女は、将来離婚に至ることなどないと信じ、将来の伴侶と誓い合って、結婚するものです。
しかしながら、少なからぬ数の夫婦が離婚に至っています。
そして、夫婦が離婚に至る理由は、何十年も前から「性格の不一致」(性格が合わない)という理由が最多数となっています。
婚前契約書を作成する際の話し合いを通じて、男女それぞれの価値観や人生観などについて相互に理解を深めることにより、結婚後に「性格の不一致」(性格が合わない)という問題で苦しむことを未然に防止し、夫婦の婚姻関係が破綻して離婚に至ってしまうことを回避することが期待できます。
また、婚前契約の内容を巡る話し合いを通じて男女それぞれの価値観や人生観の間に綺麗事では乗り越えられそうもない大きな隔たりが存在していることが明確になってくることもあります。
その場合には婚約を取り消すことで、幸せに繋がらない結婚を未然に回避するきっかけとなることもあります。
婚前契約にはこのような様々なメリットが存在していますので、作成を検討してみてはいかがでしょうか。
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