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財産分与の基準時(別居時又は離婚時のいずれか早い方)において、既に受給済みの退職金は財産分与の対象となります。
ただ、財産分与の基準時において、既に受給された退職金を消費していた場合はどのような扱いになるのでしょうか。
また、未だ受給していない退職金は財産分与の対象となるのでしょうか。
この記事では、退職金が財産分与の対象となる場合とならない場合を解説しています。
このページの目次
1.退職金は財産分与の対象となるか
財産分与では、別居時又は離婚時のいずれか早い方を基準として、その時点における夫婦共有財産を分け合うこととなります。
ここで、別居時又は離婚時において、既に勤務先から退職金が支給されていたのであれば、既に退職金という資産は手元に存在しているのですから、それを分与することは当然のことでしょう。
他方、別居時又は離婚時において未だ勤務先から退職金が支給されていない場合は、退職金という資産が手元にあるわけではありません。
それでも退職金は財産分与の対象になるのでしょうか。
2.別居時又は離婚時に既に支給されていた退職金の財産分与
⑴別居時又は離婚時に存在していれば財産分与の対象となる
別居時又は離婚時に既に勤務先から支給されていた退職金は、別居時又は離婚時に預貯金という形で存在しているのであれば、当然に財産分与の対象となります。
なお、その際の具体的な金額の計算については、【退職金の財産分与の具体的な計算方法を詳細に説明します】にて詳しく説明していますので、併せてご確認ください。
ただし、会社から支給された退職金を別居時又は離婚時までの間に消費していた場合は、既に退職金という資産が存在していない以上、退職金は財産分与の対象になりません。
⑵退職金で住宅ローンの繰上げ返済をした場合
退職金を消費してはいるものの、その理由が住宅ローンの繰上げ返済であった場合はどうでしょうか。
この場合は、退職金で住宅ローンの繰上げ返済を行なった分、別居時又は離婚時における負債が減少していることになります。
そして、財産分与の対象となる財産は、別居時又は離婚時の負債はその負債の名義人のプラス財産から差し引いて計算することになります。
そのため、この場合は退職金により繰上げ返済をした分、他のプラス財産から差し引くことができる負債が減少していることになりますので、その分財産分与の対象となる財産が多くなります。
つまり、この場合も、退職金の価値分は財産分与の計算に反映されることになります。
具体例で説明
事例
夫が退職して退職金1000万円を受け取ったので、そのうちの300万円を貯金に回した上、残りの700万円で夫名義の自宅の住宅ローン1000万円の繰上げ返済を行ない、残ローンを300万円にまで減らした。
別居時又は離婚時における夫名義の資産状況
①夫名義の資産(プラス財産)
・預貯金→元々の200万円に退職金300万円が加わって合計500万円
・不動産→査定評価額2000万円
・合計→2500万円
②夫名義の負債(マイナス財産)
→住宅ローンが1000万円から繰上げ返済で300万円にまで減少
財産分与の対象となる財産の金額
①夫名義の資産2500万円−②夫名義の負債300万円=2200万円
3.別居時又は離婚時に支給されていない退職金の財産分与
⑴手元にない退職金を分与するということの違和感
この場合は、別居時又は離婚時に退職金という資産は手元に存在していません。
それにも関わらず、退職金を分与しなければならないことになると、支給されるよりも先に財産分与として退職金分の経済的支出が迫られることになります。
その上、実際に退職金が支給される時期が何年も、何十年も先である場合もあります。
このような状況はいかにもおかしいと感じる人も多いでしょう。
退職金は常に財産分与の対象となる、と考えてよいのでしょうか。
なお、退職金が財産分与の対象となる場合の具体的な金額の計算については【退職金の財産分与の具体的な計算方法を詳細に説明します】をご確認ください。
⑵法的性質からすれば退職金は財産分与の対象となる
退職金は給与の一部後払いという法的性質を有しているとされています。
そして、夫婦の給与は、夫婦の協力の下で成り立っていた労働の対価であると考えられているため、夫婦共有財産に含まれます。
そのため、退職金も法的性質からすれば財産分与の対象に含まれます。
なお、古い裁判例では退職金は財産分与の対象とはならないとしているものもあります(東京高等裁判所昭和61年1月29日判決、長野地方裁判所昭和32年12月4日判決など)。
ただ、現在の家庭裁判実務では、このようなかつての裁判例を証拠として提出して「そもそも論として退職金は財産分与の対象となるものではない!」と主張しても、まず認められないでしょう。
アドバンスな交渉戦略①
退職金が財産分与の対象となると考えられている根拠は、退職金が給与という夫婦の協力(寄与)の下で成り立っていた労働の対価の後払いと考えられているからです。
そうだとすれば、将来支給されることとなる退職金が給与の後払いの性質を有しておらず、全く別の趣旨からの支給である場合は、そのような特殊な趣旨の退職金は財産分与の対象とはならないはずです。
例えば、勤務先の合併に伴う退職者に対して生活保障の趣旨から特別に支給された退職金であったり(東京家庭裁判所八王子支部平成11年5月18日審判)、専ら老後の糧(退職後の生活保障)の趣旨で支給される退職金であったりする場合が、この場合に当たり得るところです。
もし、そのような主張が相当の根拠と資料に基づいて展開できるのであれば、積極的に主張していくことを検討してもよいでしょう。
将来支給される退職金の給与の後払いの性質を否定することは通常困難と思われますが、退職金に老後の糧という性質が確かに含まれている(その分通常想定される退職金の金額よりも相当高額の退職金が支給される予定である)などの場合であれば、少なくとも退職金の一部は財産分与の対象とはらないと主張し、その主張が交渉上一定の効果を発揮するかもしれません。
⑶実際に支給される可能性が低い退職金も財産分与の対象に含まれるか
- 将来退職金が支給されないことが確実である場合
そもそも退職金が存在していない場合は、当然ながら、退職金は財産分与の対象にはなりません。
また、近い将来会社が倒産するなどして退職金が支給されないことが確実な場合は、そのことを確実な根拠資料に基づいて主張することができれば、退職金を財産分与の対象から外すことができるでしょう。
ただ注意点は、近い将来会社が倒産することが確実であったとしても、会社が倒産しただけでは退職金がもらえなくなるわけではありませんので、「退職金が支給されないことが確実」という状況である必要があります。
- 将来退職金が支給される可能性が低い場合
将来退職金が支給される可能性が低い場合でも、退職金は常に財産分与の対象となるのでしょうか。
将来退職金が支給されないのであれば、結局支給が受けられなかった退職金を離婚時にすでに離婚相手に支払っていたという状況になります。
このような事態は不合理です。
そのため、家庭裁判所も、将来退職金が支給される可能性(蓋然性・確実性)を問題として、支給の可能性(蓋然性・確実性)が低い場合には、退職金は財産分与の対象としないとする例も多く存在しています(東京高等裁判所平成10年3月13日決定、名古屋高裁平成21年5月28日判決など)。
そして、この将来の退職金の支給の可能性(蓋然性・確実性)は、概ね以下の要素を総合的に検討して、判断されることになります。
退職金の支給の可能性(蓋然性・確実性)の有無の考慮要素
- 退職金規定により退職金の算定方法がどの程度明らかとなっているか
- 定年退職するまでの期間
- 勤務先の性質・規模(公務員・大企業・中小企業・ベンチャー企業など)
- 従前の勤務状況
ただし、裁判所はこの退職金の支給の可能性(蓋然性・確実性)を相当簡単に認めています。
公務員や大企業勤務である場合は、相当若年であり実際に退職金が支給されるのが10年以上先のことであったとしても、退職金の財産分与該当性が否定されることは難しいかもしれません。
私企業の場合は、どんなに大企業であったとしても、将来何が起こるかなど誰にも分かりません。
近年JALが倒産し、従業員の退職金問題が裁判にまで発展しています。
JALのような大企業であったとしても、退職金が(決められた通りに満額)支給されるかどうかは確実ではないということです。
それでも、裁判所は、かなり緩やかに退職金の支給の可能性(蓋然性・確実性)を認める傾向にあります。
ただし、裁判所によっては、その際、想定される退職金の全額について財産分与の対象とするのではなく、一定程度の減額を認めるなどといった調整を行う場合もあります。
そのため、この点を争うメリットは十分に存在しています。
アドバンスな交渉戦略②
上記の名古屋高裁平成21年5月28日判決は、夫が定年退職して実際に退職金が支給されるまで15年以上もの期間があったことから、退職金の受給の確実性は明確ではないとして、退職金という資産を財産分与の対象とはしませんでした。
ただし、同判決はこのような言い回しを使っています。
「(退職金は)直接精算的財産分与の対象とはせず」
これはなんなのかというと、実は、同判決は、夫が将来受けられる可能性がある退職金について妻が離婚時に財産分与を受けられなかったということを、夫から妻に対する扶養的財産分与の金額を算定する事情として考慮しています。
その結果、裁判所は、夫から妻に対する一定の扶養的財産分与の支払いを判決で示しています。
このように、退職金という資産が財産分与の対象とはならないこととなったとしても、裁判所はその分別の箇所で一定の支払いを判断してくることがあります。
なお、扶養的財産分与について詳しくは、【有利な財産分与を勝ち取るために!財産分与の「財産」以外の考慮要素を解説】をご確認ください。