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夫婦間の感情的な対立が極めて激しい場合、離婚後には相手との関わりを一切排除したいとの思いから、相手から養育費を受け取ることも希望しないと考えることもあり得ます。
また、離婚後も十分生活を維持できる見込みがある場合には、養育費を巡って相手とのストレスフルな対立を続けるよりも、離婚紛争から早期に解放されて次の人生をスタートしたいと考えることもあることでしょう。
しかしながら、離婚した後に事情が変わって、養育費を支払ってもらうことが必要となる場合もあります。
この記事では、「養育費を請求しない」との合意(養育費の不請求の合意)の有効性や、離婚した後になって養育費が必要となった場合に請求する手段について解説します。
このページの目次
1.離婚条件は法律論だけでは決まらない
離婚をする際には、夫婦間で、離婚慰謝料、財産分与、養育費、婚姻費用(離婚までの間の生活費)などのお金のことや、親権や面会交流の条件(面会条件)などの子どものことなどといった様々な離婚条件を話し合って取り決めていくことが必要です。
ただ、夫婦間での離婚条件を巡る話し合いは、夫婦の様々な利害状況や背景事情から複雑化することや、夫婦間の感情的な対立を招いたり激化させたりする原因となることもあります。
全ての離婚条件を1つ1つ真正面から全て話し合って決めるとなると相応の時間や手続きが必要となったり、相手との間でストレスフルな交渉が必要となったりする場合も多いです。
そのため、早期に離婚紛争を終わらせるために、本来であれば相手に対して請求することができるはずの経済的な離婚条件を譲歩してあえて請求しない(放棄する)という選択をする場合も珍しいことではありません。
例えば、モラハラ・DVの慰謝料を請求することが法律上は十分可能であるものの、相手が「離婚には合意するが慰謝料は絶対に支払わない!」との意思を有している場合があります。
そのような相手から慰謝料を取るためには、時間をかけて相手に慰謝料の支払いの合意をさせるか、離婚裁判で裁判所に慰謝料の支払いを命じてもらうことが必要となり得ます。
しかし、離婚裁判をすればほぼ確実に慰謝料の支払いが認められる状況だとしても、離婚裁判をするとなればその分離婚が成立するまでの期間が長期化してしまうこととなります。
加えて、DV・モラハラを理由とする慰謝料請求を巡る争いは、離婚裁判で激しい争いとなりやすいケースです(この点について詳しくは【離婚裁判で激しい争いとなりやすい典型的な5つのケースを解説します・④DV・モラハラを理由とする慰謝料請求を巡る争いがあるケース】をご参照ください。)。
そのため、早期に離婚を成立させて次の人生をスタートすることを優先させて、相手から離婚慰謝料を支払ってもらうこと諦めるという選択も、状況によってはあり得る考えです。
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また、夫婦間の感情的な対立が極めて激しい場合には、離婚して相手から完全に解放されて離婚後の人生に微塵も関わってきてもらいたくないと考える場合もあり得ることです。
そのような場合には、本来であれば離婚後に継続的に相手から毎月支払ってもらえるはずの養育費について、離婚後の相手との関わり合いを一切排除するために、あえて相手に「養育費を請求しない」との合意(養育費不請求の合意)をすることもあります。
このように、離婚条件は、法律論を前提としつつも、法律論のみならず、当事者の状況や思いに基づいて、話し合って決まっていくものです。
このような離婚条件を巡る話し合いの中で、ときに何百万、何千万というひときわ莫大な経済的マイナスが生じ得るものとして、「養育費を請求しない」という合意(養育費の不請求の合意)があります。
この記事では、養育費の不請求の合意の有効性や、養育費の不請求の合意をして離婚をしたものの養育費が必要となった場合に取り得る手段について、解説します。
2.「養育費を請求しない」という合意(養育費の不請求の合意)の有効性
⑴養育費不請求の合意は原則として有効
親は子どもに対して扶養義務を負っており(民法877条1項)、離婚に際して子どもの親権を喪失した親も、子どもに対する扶養義務が続く限り子どもの養育費を支払うべき法律上の義務を負い続けます。
そのため、離婚した後に子どもの親権者として子どもの監護養育をしていく方の親は、相手(非親権者)に対して、子どもが未成熟子である間は養育費を請求する権利を有しています。
ただ、養育費はあくまでもそれを請求する権利者の権利であって、養育費の権利者に養育費を請求しなければならない義務があるものではありません。
※養育費を請求できる方の親を養育費の権利者、養育費を支払う方の親を養育費の義務者と呼びます。
養育費の権利者は、養育費の義務者に対して、養育費を請求することも請求しないことも自由に決めることができます。
そのため、「養育費を請求しない」という合意(養育費の不請求の合意)をすることも権利者の自由であり、そのような合意も原則として有効であると考えられています。
したがって、「養育費を請求しない」という合意(養育費の不請求の合意)をした場合には、原則として後から養育費を請求することはできません。
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⑵養育費の不請求の合意の効力が否定される場合もある
ただし、法は、子どもの扶養を受ける権利は放棄することはできないと明確に規定するなど(民法881条)、子どもの扶養を受ける権利を極めて重視しています。
民法881条
扶養を受ける権利は、処分することができない。
裁判所も、親権者の親の不用意・不合理な合意によって守られるべき子どもに著しい不利益が生じることは認めません。
そのため、裁判所は、養育費の不請求の合意が存在している場合であっても、それが著しく子どもに不利益で子の福祉を害するなどの特段の事情がある場合には、養育費の不請求の合意の効力を否定し、養育費の請求を認める場合があります。
また、一旦養育費の不請求の合意をした以上は、絶対に養育費の請求ができないこととなるとは考えられていません。
具体的には、裁判所は、養育費の不請求の合意をした時点ではそのような合意をしても特に問題はなかったものの、離婚した後になって合意をした際に前提となっていた事情に変更が生じて養育費を請求する必要が生じた場合には、養育費の不請求の合意の効力を否定し、養育費の請求を認める場合があります。
そして、裁判所は、養育費の請求が認められるか否かの判断に際して、養育費の不請求の合意をした当時の状況や離婚後の状況の変動、養育費を支払ってもらう必要が生じた理由など様々な個別具体的な事情を考慮して、判断しています。
裁判所が考慮するポイント
養育費の請求が認められない(養育費の不請求の合意の効力が維持される)とする方向の事情
- 養育費の不請求の合意をした時点から間がない
- 義務者が離婚時に養育費相当額を一括払いしている
- 権利者の浪費が原因で経済的に困窮している
- 権利者と子どもの経済的状況が安定している
- 子どもの生活費・教育費が増額しているものの合意当時に想定可能な範囲の増額である
養育費の請求が認められる(養育費の不請求の合意の効力が否定される)とする方向の事情
- 子どもが経済的に困窮している
- 子どもの生活費・教育費が合意当時の想定以上に増額した
- 合意当時は義務者が無職であったがその後就職した
- 義務者の収入が合意当時の想定以上に増額している
- 権利者の収入が合意当時の想定以上の減額してしまった
- 権利者が稼働できなくなった
そして、養育費の不請求の合意の効力が否定されて養育費の請求が認められる場合には、離婚当事者間で改めて養育費に関する事項を取り決めることとなります。
その際のポイントは後述します。
養育費の不請求の合意の取り決め方の違いによる影響
養育費の不請求の合意が公正証書や調停調書に記載されている場合には、どのような影響があるでしょうか。
養育費の不請求の合意が公正証書に記載されている場合
公正証書はあくまでも当事者間における合意内容をそのまま公正証書(法務大臣から任命を受けた公証人が当事者間で成立した合意の内容を確認した上でそれを記載した書面)という形式にして残したものに過ぎず、当該当事者間の合意の内容の合理性などに関して何らかの確認が行われているものではありません。
そのため、養育費の不請求の合意が公正証書でされていたとしても、そのことで養育費の不請求の合意の効力が強まったり、無効とされにくくなったりするといった効果は、通常認められません。
養育費の不請求の合意が調停調書に記載されている場合
養育費の不請求の合意が調停手続きを通じて行われ、養育費の不請求の合意が調停調書に記載されている場合は、家庭裁判所の裁判官が当該合意の内容や合理性に関して当事者間の様々な事情を勘案して、当事者双方に十分に確認をした上で、当事者間が合意をしたものと考えられます。
そのため、養育費の不請求の合意が調停調書に記載されている場合は、当該養育費の不請求の合意を後から無効とすることは、余程の想定外の事情の変更がない限りは難しいと考えられます。
なお、裁判官によっては、当事者双方が養育費の不請求の合意をすることに納得していたとしても、そのような合意をした場合のリスクを当事者に説明した上、そのような合意はしない方が良い旨の意見を伝えてくる場合もあり、養育費の不請求の合意を調停で成立させることに慎重な対応をとる裁判官も見られます。
そうはいっても、大抵の裁判官は、最終的には、当事者間が合意しているのであれば、それがあまりにも不当だったり法律に違反していたり公序良俗に違反していたりするような場合でなければ、その合意の通りに調停を成立させます。
⑶養育費の不請求の合意の効力が否定された場合の養育費に関する話し合いのポイント
養育費の金額は養育費算定表に基づいて計算されるであろう相場金額がいくらであるのかを巡って話し合いが行われて、その相場金額の範囲内の金額で定まっていくことが圧倒的に多数です。
※引用 裁判所:統計・資料:公表資料:平成30年度司法研究(養育費,婚姻費用の算定に関する実証的研究)の報告について
養育費算定表の考え方や養育費の相場金額に関しては【養育費算定表の計算方法(標準算定方式)の解説と養育費の相場金額】を、養育費の取り決め方やさかのぼっての請求の可否などに関しては【離婚後に養育費を請求するための具体的な方法や時効などについて解説】をご確認ください。
ただし、養育費の不請求の合意が存在していた(しばらくの間は養育費の支払いなしで生活をしていた)という事情は、認められるべき養育費の金額を減額する方向の事情として考慮される場合があります。
3.養育費の不請求の合意が有効でも子どもから扶養請求は可能
⑴子どもから扶養請求をするという方法があり得る
親は子どもに対して扶養義務を負っており(民法877条1項)、この扶養義務は離婚に際して親権を喪失しても消えません。
つまり、子どもは、両親が離婚したために親権を喪失した方の親に対しても、自分を扶養してくれ(生活費を負担してくれ)と請求する権利(扶養請求権)を有し続けています。
養育費の義務者からすれば、この子どもの扶養請求権に関して、養育費の権利者との間で養育費不請求の合意がある(子どもの費用については養育費の権利者が全ての負担をするという約束がある)とか、養育費の権利者が養育費の請求権を放棄している以上、それと事実上同じ権利である扶養請求権も放棄しているはずだなどと言いたいところでしょう。
しかし、当該養育費の不請求の合意は合意の当事者間(父と母)において有効であるに過ぎず、当該養育費の不請求の合意の当事者ではない子どもがそれに拘束されるいわれはありません。
また、そもそも権利者の養育費請求権と子どもの扶養請求権は法律上別の請求権であると考えられていますので、養育費の権利者が養育費の義務者に対して養育費を請求することができなかったとしても、そのことで子どもの扶養請求権も行使することができなくなるものではありません。
さらにいえば、上述した通り、扶養を受ける権利は放棄することはできないとされていますので(民法881条)、養育費の権利者が養育費の不請求の合意をしたことが、養育費の権利者が子どもの法定代理人として子どもを代理して子どもの扶養請求権を放棄したものであると考えることもできません。
つまり、養育費の義務者が子どもに対して養育費の権利者との間で交わした養育費の不請求の合意の存在を主張して、子どもに対して負っている扶養義務を免れることは認められません。
結論を言えば、養育費の不請求の合意が有効であったとしても、子どもは義務者に対して扶養請求権を行使して生活費を請求することが可能です。
結論
養育費の不請求の合意が有効であったとしても、子どもは義務者に対して扶養請求権を行使して生活費を請求することが可能!
⑵子どもの扶養請求に関する裁判所の考え方
扶養請求を行う主体は養育費の権利者でなく、子ども自身です。
しかしながら、養育費の権利者は子どもの親権者であって子どもの法定代理人です。
そのため、子どもからの扶養請求は、養育費の権利者(子どもの親権者)が子どもを代理して養育費の義務者に対して請求することとなるのが通常です。
養育費の義務者の視点からすれば、養育費の不請求の合意をした当の本人である養育費の権利者が「子どもの扶養請求」という形で事実上養育費の請求をしてくるわけです。
離婚する際には「離婚さえしてくれればお金はいらないから」などと調子いいことを言って、それで離婚に応じさせながら、後から「これは養育費とは全く別の子どもの扶養請求だからちゃんと支払って!」と言ってくるわけであり、納得できるものではないでしょう。
確かに、養育費請求権と扶養請求権は全く別の権利ではありますが、養育費の権利者が子どもの親権者(法定代理人)であるとの状況である以上、両者は実質的には同一の権利であると言わざるを得ないことも多いです。
そのため、裁判所は、子どもからの扶養請求に関しても、上述した養育費の不請求の合意が無効となるかどうかの判断の場合と同じように考え、養育費の不請求の合意をした際に前提となっていた事情に変更が生じて子どもの生活費を請求する必要が生じたどうかを問題とし、養育費の不請求の合意をした当時の状況や離婚後の状況の変動、子どもの生活費を支払ってもらう必要が生じた理由など様々な個別具体的な事情を考慮して、そのような事情の変更が存在している場合に限り扶養請求を認めることとしている例が多いです。
なお、子どもからの扶養請求の場合においても、養育費の権利者と義務者の間で養育費の不請求の合意が存在していた(しばらくの間は養育費の支払いなしで生活をしていた)という事情は、認められるべき扶養請求に基づく請求金額を減額する方向の事情として考慮される場合があることも、同様です。
4.養育費不請求の合意は極めて慎重に!
離婚を巡る紛争は長期化することもありますし、特に有責配偶者(不倫をした配偶者)からの離婚請求などの場合はどれほど強く離婚を希望していたとしても相手が離婚に合意しない限りは離婚を達成することができない可能性があります。
そのため、上述した通り、どうにか相手に離婚に合意してもらいたいがために本来であればもらえるはずの経済的利益を放棄することも、交渉上あり得るところです。
ただし、養育費は子どもが未成熟子である間は毎月支払いを受けることができる費用であり、その総額はときに何百万、何千万という極めて高額となり得るものです。
このように、養育費の不請求の合意は、財産分与や慰謝料などの請求を放棄することと比べて、極めて莫大な経済的利益を失うこととなり得る合意です。
一度合意をしてしまうと後から取り返しがつかないこととなりかねませんので、本当に合意して良いかどうかは、離婚後の生活状況などを十分に想定した上で、極めて慎重に検討するべきです。
その際、離婚問題に精通した弁護士からの法的な助言があるとないとで、離婚協議の進め方や最終的に合意が成立する離婚条件の内容、ひいては離婚後の生活状況が大きく変わってきます。
レイスター法律事務所では無料法律相談において想定される養育費の具体的な金額や、養育費の不請求の合意をすることなく早期に離婚合意を成立させるために考え得る様々な方法を具体的にお伝えしていますので、養育費の不請求の合意を行う前に、是非ご利用ください。