悪意の遺棄に関する裁判例と離婚裁判で裁判所が重視するポイントを解説

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悪意の遺棄に関する裁判例と離婚裁判で裁判所が重視するポイントを解説

「悪意で遺棄された」ことは法定離婚原因であり、悪意の遺棄があればそれだけで離婚請求は認められますし、慰謝料請求も認められます。

悪意の遺棄をした相手が離婚請求や慰謝料請求に合意しない場合には、裁判所に悪意の遺棄が存在したことを認めてもらう必要があります。

そして、裁判所は、悪意の遺棄があったかどうかを、別居の態様や別居の理由が一方的かどうか、別居後に残された相手の配偶者が経済的に困窮してしまっている状況となっているかどうかの点を重視して判断する傾向があります。

この記事では、悪意の遺棄が争われた裁判例を紹介しながら、裁判所が実際にどのようなポイントを考慮して判断しているのかを具体的に説明します。

1.悪意の遺棄の存否を巡る激しい争い

悪意の遺棄の存否を巡る激しい争い

悪意の遺棄とは、夫婦の共同生活を否定する意図のもとで、夫婦が互いに負っている同居義務・協力義務・扶助義務に正当な理由なく違反することをいいます。

「悪意で遺棄された」ことは法定離婚原因(裁判所が離婚判決を出す事情)ですので、悪意の遺棄があればそれだけで離婚請求は認められますし、慰謝料請求も認められます

法定離婚原因(民法770条1項)

  1. 「配偶者に不貞な行為があったとき」(1号)
  2. 「配偶者から悪意で遺棄されたとき」(2号)
  3. 「配偶者の生死が三年以上明らかでないとき」(3号)
  4. 「配偶者が強度の精神病にかかり、回復の見込みがないとき」(4号)
  5. 「その他婚姻を継続し難い重大な事由があるとき」(5号)

他方、悪意の遺棄をした配偶者は、夫婦の婚姻関係の破綻に主な責任を負う配偶者(=有責配偶者)に当たることとなり、原則として離婚の裁判(離婚訴訟)で離婚判決を得ることができなくなります。

このように、悪意の遺棄は、離婚裁判の結論を左右する問題です。

そのため、離婚裁判では、「悪意の遺棄」が認められるかどうかついて原告と被告とが裁判の終盤まで激しく争う状況となりやすいです。

この記事では、悪意の遺棄が争われた裁判例を紹介しながら、裁判所が悪意の遺棄についてどのようなポイントを考慮して判断しているのかを具体的に説明します。

2.悪意の遺棄に関する裁判例の傾向

裁判所に「悪意の遺棄」を認めてもらうハードルは一般的には高いですが、裁判所が「悪意の遺棄」を認めている例も数多く存在しています。

悪意の遺棄に関する裁判例を分析すると、裁判所は、概ねの傾向として、別居の態様や別居の理由が一方的なものかどうか、及び、別居後に残された相手の配偶者が経済的に困窮してしまっている状況となっているかどうかの点を重視して判断する傾向が見られます。

悪意の遺棄に関する裁判例の傾向

別居の態様・別居の理由

・一方的であれば悪意の遺棄を認める方向
・相手にも落ち度があれば悪意の遺棄を認めない方向
 (別居を開始した理由が相手のDV(暴力・モラハラ)や不貞行為による場合など)

別居後に残された相手の配偶者の経済的な困窮の有無・程度

・経済的に困窮していれば悪意の遺棄を認める方向
・経済的に困窮していなければ悪意の遺棄を認めない方向
 (相手方と子供が生活するのに十分な婚姻費用や扶養的財産分与を支払っている場合など)

3.「悪意の遺棄」が認められた裁判例

①東京地方裁判所判決平成19年9月28日判決

事案

夫は、妻が二女を出産した直後の時期に、長女の運動会の日に身の回りの品を運び出した上、自宅に離婚届と別居宣言の書き置きなどを残して別居を開始した

裁判所が考慮したポイント

  1. 長女が5歳と幼かった
  2. 二女の出産直後の別居であった
  3. 夫は、別居2か月前から生活費を支払っていなかった

結論

夫の行為が「悪意の遺棄」に該当すると認めた

②東京地方裁判所判決平成21年4月27日判決

事案

夫は、妻が長男を出産した直後に突然別居を開始した

裁判所が考慮したポイント

  1. 夫は、夫婦関係の修復どころか、別居後に離婚調停を申し立てた
  2. 妻は同居中に夫のことを献身的に支えていた
  3. 生まれて間がない子供がいる
  4. 妻は先天的に腎臓が一つしかないという身体的障害を持っていた
  5. 夫は、調停にて確定した養育費の支払いを滞らせていた

結論

夫の行為が「悪意の遺棄」に該当すると認めた

③東京地方裁判所判決平成24年3月29日判決

事案

夫が、正当な理由なく別居を開始した

裁判所が考慮したポイント

  1. 妻は、夫が全株式を保有している有限会社の取締役として収入を得ていた
  2. 夫は、妻の給与を半減させたり、妻を解雇して給与を失わせたりした
  3. 夫は、妻に対して生活費を一切支払わなかった

結論

夫の行為が「悪意の遺棄」に該当すると認めた

④東京地方裁判所判決平成28年2月23日

事案

  1. 妻が、夫の帰宅時に自宅の玄関のドアチェーンを掛けて夫を自宅に入れないようにして、それがきっかけとなって別居が開始された
  2. その後、一旦は夫婦の婚姻関係は修復に向かい、夫婦は自宅外で会うようになり、夫は毎週末に自宅に通ったり、夫婦で度々旅行に行ったりするようになった
  3. その後、夫婦の婚姻関係が再び悪化し、夫は自宅に通うことをやめるとともに、妻に生活費を支払うこともやめた

裁判所が考慮したポイント

  1. 以下の事情から妻が夫を自宅に入れないようにしたことについて妻を責めることはできない
    ⇨妻は、夫からの横暴な言動や、妻の病気(子宮内膜症、卵巣のう腫、乳がん)による心労で精神的に追い詰められていたことから、別居の意思を固めていたためなどの理由で、夫を自宅に入れなかったものであった
  2. 夫は妻に生活費を支払うことをやめた
  3. 妻には収入がなかった

結論

  1. 妻の行為は「悪意の遺棄」には該当しないと判断した
  2. 夫の行為が「悪意の遺棄」に該当すると認めた

⑤東京地方裁判所判決平成28年3月31日判決

事案

夫は、不倫相手と交際することを主な目的として、一方的に別居を開始した

裁判所が考慮したポイント

  1. 夫の別居の目的は不倫相手との関係の継続にある
  2. 妻は、別居開始前に、夫に対して夫婦の婚姻関係の修復の希望を伝えていたが、夫はそれを無視して別居を強行した
  3. 夫は、別居開始後、妻に対して生活費を渡さなかった

結論

夫の行為が「悪意の遺棄」に該当すると認めた

⑥東京地方裁判所判決平成29年9月29日

事案

  1. 夫が、妻に対して、何らの説明なく一方的に別居を開始した
  2. 妻も、夫が別居して間も無く自宅から退去した

裁判所が考慮したポイント

  1. 妻は、夫の別居に同意していなかった
  2. 夫による当該別居について正当な理由があるものとはいい難い
  3. 妻は、別居開始後、夫に対して夫婦の婚姻関係の修復・復縁を求めたものの、夫は、話し合いを拒絶した
  4. 妻による自宅からの退去は、夫による一方的な別居を正当化する理由にはならない

結論

夫の行為が「悪意の遺棄」に該当すると認めた

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4.「悪意の遺棄」が認められなかった裁判例

①東京高等裁判所判決平成2年9月6日

事案

妻は、夫に行く先を知らせないで別居を開始した

裁判所が考慮したポイント

  1. 以下の事情から妻が別居したことは非難することができない
    ・妻が別居を開始した時点で夫婦の婚姻関係は極めて険悪となっていた
    ・夫から妻に対する暴行・暴言もあった
    ・妻は夫から「出て行け」などと怒鳴られてつかみ掛かられそうになったため、これ以上家にいては危険があると感じていた

結論

妻の行為は「悪意の遺棄」には該当しないと判断した

②東京地方裁判所判決平成7年12月26日

事案

イタリア人の妻が生後4か月の双子を連れてイタリアに帰国し、別居が開始された

裁判所が考慮したポイント

  1. 妻が別居を開始した理由は、妻にとって経済的及び精神的に夫から支援が得られるか不明であり、何よりも異国で家庭生活を営むことに伴う困難を互いの協力で乗り越えて行くだけの信頼感あるいは愛情の深さを夫に対して実感できなかったことにあった
  2. そのようになってしまった原因を妻だけに帰せしめることはできず、夫にもなお至らない点もあったということができる

結論

妻の行為は「悪意の遺棄」には該当しないと判断した

③東京高等裁判所判決平成12年3月9日

事案

夫は、妻に対して、突然離婚すると言い出して、一方的に遠方の実家に帰った

裁判所が考慮したポイント

  1. 夫がオートバイの事故による受傷のために判断能力が低下しており、正常な事実認識とこれに基づく合意的な判断ができない状態にあったものと推認されるとの事情があり、夫の言動はそのような状況下でとった言動であった

結論

夫の行為は「悪意の遺棄」には該当しないと判断した

④東京地方裁判所判決平成15年4月11日

事案

夫が、妻に対して、行く先を知らせないで別居を開始した

裁判所が考慮したポイント

  1. 妻は夫名義の自宅に居住し続けていた
  2. 妻は、夫名義のアパート・マンション・駐車場の賃料収入を全額受領して生活費等を賄っており、経済的に困窮することなく生活していた

結論

夫の行為は「悪意の遺棄」には該当しないと判断した

⑤東京地方裁判所判決平成25年7月16日

事案

元夫は、妻との離婚時に取り決めた生活費の支払いを、離婚後に一方的に取りやめた

裁判所が考慮したポイント

  1. 元夫による生活費の不払いは離婚後の事情であるから、(扶養義務の違反などの問題ではなく)債務不履行に過ぎない

結論

元夫の行為は「悪意の遺棄」には該当しないと判断した

⑥東京地方裁判所判決平成25年8月23日

事案

夫は、別居開始後に、妻に対して支払っていた生活費を減額したり、妻が居住する自宅の住宅ローンの支払いを停止したりした

裁判所が考慮したポイント

  1. 夫は、妻の生活費について、妻との間における婚姻費用分担請求調停において合意が成立した際に、未払となっている分も含めて全て支払っており、それ以降も合意した金額の支払いを続けていた
  2. 夫が妻の居住する自宅の住宅ローンの支払いを停止したことについては、夫が債務を負っているのは妻に対してではなく銀行に対してであること、住宅ローンの支払いの継続は夫が妻に対して負っている具体的な扶養義務の内容とはならないことから、扶養義務の違反とはならない

結論

夫の行為は「悪意の遺棄」には該当しないと判断した
※なお、この裁判例は、別居したことではなく、別居開始後に生活費を減額したり、住宅ローンの支払いを停止したりしたことが悪意の遺棄に該当するかどうかが争われたものであり、別居したこと自体が悪意の遺棄に該当するかどうかの直接的な判断はされていない

⑺東京地方裁判所判決平成28年1月27日

事案

妻が一方的に別居を開始した

裁判所が考慮したポイント

  1. 夫婦関係が破綻している場合等、別居に正当な理由があると認められる場合には、夫婦間に抽象的な同居等義務はあるものの、同居等義務違反には当たらない
  2. 以下の事情から、妻が別居を開始したことには正当な理由がある
    ・夫は、郵便局の職を辞めて職を転々とした上、長女が未だ小学生であるにもかかわらず妻に相談することなく区議会議員選挙への立候補を一方的に決めていた
    ・夫は、妻に十分な生活費を渡さず、それでいて自身の資格取得などのためには金員を消費していた
    ・夫は、家事・育児に非協力的であった
    ・夫は、妻や妻の両親のことを罵倒していた
  3. 以下の事情から、妻が別居を継続したことにも正当な理由がある
    ・夫が、妻及び長女を畏怖させるために送信したものと考えられるメールを送信していた
    ・夫から、妻に対して支払われるべき生活費の支払いがなかった

結論

妻の行為は「悪意の遺棄」には該当しないと判断した

⑧東京地方裁判所判決平成28年3月18日

事案

妻は、里帰り出産をした後そのまま実家での生活を継続し、離婚調停を申し立てた

裁判所が考慮したポイント

  1. 以下の事情から、妻が実家から自宅に帰らなかったことにはやむを得ない事由がった
    ・妻は、里帰り出産から自宅に帰った場合には、平日はほとんど一人で家事・育児をこなさなければならないであろうと想定されたことや、腰痛持ちであるのに子どもを抱いて自宅の外階段を上り下りすることとなるであろうと想定されたことなどから、自宅に帰ることに大きな不安を感じていた
    ・妻の不安が払拭されるような事情はなかった
    ・妻が実家から自宅への帰宅予定日に帰宅できなかった理由は腰痛のためであった

結論

妻の行為は「悪意の遺棄」には該当しないと判断した

⑨東京家庭裁判所判決平成30年10月25日

事案

妻は、夫と激しい口論の末に自宅から出て別居が開始された

裁判所が考慮したポイント

  1. 夫が妻を自宅から追い出したとまで評価することはできない
  2. 妻には脳に重度の障害があり、高次脳機能障害を疑わせる症状が現れたことにより家庭生活に種々の支障が生じ、夫の仕事にも支障が生じかねない状況となり、夫が精神的にも肉体的にも限界を感じていた様子がうかがわれることなどから、別居にはやむを得ない事情があったといわざるを得ない

結論

夫の行為は「悪意の遺棄」には該当しないと判断した

4.悪意の遺棄かどうかは一見して分かるものではない

「悪意の遺棄」かどうかは一見して分かるものではない

「悪意で遺棄された」ことも「不貞」も法定離婚原因であり(民法770条1項1号・2号)、それが認められた場合には、それをした側は有責配偶者となって離婚請求が原則として認められなくなり、それをされた側からの離婚請求・慰謝料請求は認められることとなります。

このように、離婚紛争において、「悪意の遺棄」と「不貞」は事実上同じような効果を有しています。

ただ、「不貞」であれば、どのような行為が「不貞」であるかが明確に決まっています。

「不貞」とは、一般に、妻や夫以外の異性と性交渉又はその類似行為をすることをいうと考えられており、性交渉とは男性器の女性器への挿入行為を指すものと考えられています。

証拠からそのような行為が行われたことが認められれば「不貞」があったということであり、証拠からそのような行為が行われたことが認められなければ「不貞」はなかったということです。

他方、「悪意の遺棄」は、どのような行為が「悪意の遺棄」であるのかが明確に決まっているわけではありません。

証拠から認められる相手の行為が「悪意の遺棄」に該当するかどうかは、最終的には裁判所が判断します。

そのため、「悪意の遺棄」を理由に離婚・慰謝料請求をする場合には、過去の判例・裁判例などを踏まえて、証拠から認められ得る相手の行為が「悪意の遺棄」とされる可能性がどの程度あるのかを慎重に検討する必要があります

相手の行為が悪意の遺棄に該当し得るものかどうか、その可能性の程度の見込みにより、離婚裁判のみならず、相手との間における離婚協議の進め方や離婚調停でどのような離婚条件において合意するか(特に離婚慰謝料請求をどの程度の水準・金額でどこまで追求していくか)、及び離婚裁判に踏み切ることでよいか譲歩して合意する方がよりメリットがあるかなどの判断が変わります。

レイスター法律事務所では、無料法律相談にて、相手の具体的な言動や同居・別居の別、婚姻費用の金額や支払いの状況、どのような証拠が存在しているか、子どもの有無などの具体的な状況に応じて、最適な離婚問題の進め方などについて具体的かつ実践的なアドバイスを行なっていますので、是非ご利用ください。

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この記事の執筆者

弁護士山﨑慶寛

弁護士法人レイスター法律事務所
代表弁護士 山﨑慶寛

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