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偽装離婚とは、一般に、夫婦共同生活の実態を維持しつつ、離婚によってもたらされるメリットを得ることのみを目的として離婚届を提出する行為を指します。
離婚によってもたらされるメリットとしては、例えば児童扶養手当・児童育成手当・母子家庭の住宅手当(家賃補助)・ひとり親家庭等医療費助成制度・その他各種割引の制度などの公的支援や、生活保護の受給、保育園への優先入園、財産隠しや夫婦の財産の維持などがあります。
しかしながら、偽装離婚には犯罪が成立する可能性もある他、様々なデメリット・リスクがあり、本当の意味での夫婦関係の破綻につながる可能性もあり、後から後悔してもしきれないような状態になるリスクがあります。
このページの目次
1.「偽装離婚」とは?
離婚することにより生じるメリット(特に経済的なメリット)は様々あります。
例えば、夫婦が揃っている状況では受けられなかった公的な支援(児童扶養手当・児童育成手当・母子家庭の住宅手当(家賃補助)・ひとり親家庭等医療費助成制度・その他各種割引の制度など)が受けられたり、生活保護が受給できる可能性が高まったり、子どもと保育園に優先的に入園させてもらったりすることができる可能性があったりします。
このようなメリットを受けるためには、当然ながら、夫婦が離婚していなければなりません。
しかし、夫婦が離婚しているかどうかの確認は、通常、戸籍上「離婚」しているかどうかを確認するだけであり、夫婦の共同生活の実態までは確認されないことが通常です。
つまり、戸籍上「離婚」してさえすれば、夫婦が離婚前と全く変わらずに共同生活を送っていたとしても、離婚することによるメリットを事実上受けることができる可能性があるのです。
「偽装離婚」とは、一般に、夫婦共同生活の実態を維持しつつ、このような離婚によってもたらされるメリットを受けることのみを目的として離婚届を提出して、戸籍上「離婚」している状況とすることを指します。
なお、「偽装離婚」は「仮面離婚」と表現されることもあり、通常、両者は同じ意味で用いられています。
また、「偽装離婚」と似た言葉に「ペーパー離婚」という言葉がありますが、この言葉は、主に、姓(苗字)を旧姓に戻し夫婦別姓にすることを主な目的として離婚届を提出するものの事実婚状態を保っている、という場合に用いられています。
2.「偽装離婚」は有効?
離婚する夫婦の圧倒的大多数は協議離婚(離婚すること及び離婚条件について夫婦が話し合って合意して離婚を成立させる離婚の方法)により離婚しています。
そして、この協議離婚は以下の2つの成立要件を満たせば有効に成立します。
協議離婚の成立要件
- 離婚届を役所に提出し受理されること
- 離婚届を役所に提出する時点で夫婦の双方に離婚する意思があること
では、「偽装離婚」はこの「協議離婚の成立要件」を満たすのかどうかを見ていきましょう。
⑴協議離婚の成立要件①:離婚届を役所に提出し受理されること
役所は提出された離婚届の記載の形式的な面に不備があるかどうかの点のみチェックして、その点に問題がなければ離婚届を受理します。
その際、本当に離婚する意思があるかどうかとか、夫婦が共同生活を解消する意思があるかどうかなどといった実態に踏み込んだチェックは一切行われません。
つまり、「偽装離婚」であったとしても、協議離婚の成立要件①は満たします。
⑵協議離婚の成立要件②:離婚届を役所に提出する時点で夫婦の双方に離婚する意思があること
協議離婚の要件②にいう「離婚する意思」とは、一般に離婚届を提出する意思で足りると考えられています。
つまり、夫婦がたとえ今後も夫婦として共同生活を続けていくつもりであったとしても、離婚届を提出するということについては同意している場合は、夫婦の双方に「離婚する意思」が問題なく存在しているということになります。
つまり、「偽装離婚」であったとしても、協議離婚の成立要件②を満たします。
参考判例
最判昭和57年3月26日
夫婦が事実上の婚姻関係を継続しつつ、単に生活扶助を受けるための方便として協議離婚の届出をした場合でも、「本件離婚の届出が、法律上の婚姻関係を解消する意思の合致に基づいてされたものであつて、本件離婚を無効とすることはできないとした原審の判断は、その説示に徴し、正当として是認することができ」る。
⑶結論
「偽装離婚」は協議離婚の成立要件を満たしますので、離婚として有効です。
この場合は、離婚届を提出してもその夫婦の生活実態は全く変わらず、従前通り夫婦として同居生活を続け、ただ戸籍が書き換えられるだけです。
3.「偽装離婚」をした場合に生じる危機
⑴「偽装離婚」がなぜ行われるのか?
「偽装離婚」も有効な離婚であるため、離婚により生じるメリットを受けられることとなります。
離婚により生じるメリットとしては、たとえば以下のものが考えられます。
- シングルマザー・シングルファザーとなることで、様々な公的な支援制度を受けられる
- 公的な支援制度の一例
児童扶養手当
児童育成手当
母子家庭の住宅手当(家賃補助)
ひとり親家庭等医療費助成制度
その他各種割引の制度など
- 公的な支援制度の一例
- 世帯年収が低下することで生活保護が受給できる可能性が高まる
- シングルマザー・シングルファザーとなることで、保育園に優先的に入園できたりする
また、④自己破産による夫婦の財産隠し・夫婦の財産の維持(財産分与の名目で自宅不動産の所有権を夫から妻に移動させたり、夫から妻に対して解決金・慰謝料などの名目で金員を支払ったりした上で、離婚後に夫が自己破産をするなど)を目論む例もあります。
⑵「偽装離婚」はリスクだらけ!
しかし、「偽装離婚」には多くのデメリット・リスクがあります。
- ①公的な支援制度・②生活保護の受給
偽装離婚をして公的な支援制度を不正に利用したことが発覚した場合は、公的な支援は取り消され、既に受け取っている金員は返金しなければならないこととなる可能性があります。
また、公的な支援制度の不正利用を行った場合は、将来本当に生活が困窮した状態に陥ったり、普通であれば公的な支援を受けられる状況に至ったりした場合であったとしても、その際には公的な支援を否定される可能性が高まります。
さらに、以下の犯罪が成立する可能性もあります。
- 公正証書原本不実記載等罪(刑法157条1項)
- 詐欺罪(刑法246条)
- 児童扶養手当の不正受給の罪(児童扶養手当法35条)
- ③保育園の優先的入園
偽装離婚が発覚した場合は、一旦は認められた入園許可が取り消されたり、保育園からの退園を求められたりする可能性があります。
- ④自己破産による夫婦の財産隠し・夫婦の財産の維持
自己破産をするためには、裁判所に対して離婚の事実や離婚条件を申告しなければなりません。
その際には破産管財人による厳しいチェックが行われますし、債権者から「離婚は財産隠しのために行われた偽装離婚である!」などと主張されたりする可能性もあります。
その結果、偽装離婚による財産隠しが発覚した場合には、自己破産(免責)が認められない可能性がありますし(破産法252条)、離婚条件にて取り決めた資産の移動が否定されて返還しなければならなくなる可能性があります。
さらに、以下の犯罪が成立する可能性もあります。
- 公正証書原本不実記載等罪(刑法157条1項)
- 詐欺破産罪(破産法265条)
⑶その他のリスク
- 周囲の目に晒されているということ
「偽装離婚」をした場合、母子家庭・父子家庭であるはずなのに、実際には夫婦が共同生活を送っているわけであり、父母が揃って子どもと生活をしている状況です。
そのような状況にあることを近隣の住民や保育園・幼稚園の保護者たちに完全に隠し続けることは現実には不可能でしょう。
そして、そのような周囲に与える違和感は積み重なっていき、噂が立てられたり、子どもに対するいじめの原因になったり、役所に通報されたりする可能性もあります。
その結果、その地域での生活が難しくなってしまい、引っ越しをしなければならなくなる可能性もあります。
引っ越し先でも同じような状況に陥る可能性があるため、それを回避するべく、不自然な言い訳・対応や配慮を延々と続けていかなければならないかもしれません。
周囲にバレなければ良い・周囲に違和感を与えないようにしていれば良いという問題でもありません。
この「バレなければ」「違和感を与えないようにしていれば」ということを気にして延々と日々の生活を続けていくこと自体、精神的に極めて負担となることです。
- 「偽装離婚」した配偶者との関係が薄弱なものとなる
「偽装離婚」は有効な離婚ですから、戸籍に「離婚」と記載され、もはや法律上の配偶者は存在していないことになります。
内縁(事実婚)として保護されていると考えられる場合もありますが、内縁(事実婚)の関係は別居すれば解消されてしまいますので、別居したパートナーに同居を求めることも生活費(婚姻費用)を請求することも困難です。
つまり、「偽装離婚」をしたことで、夫婦の婚姻関係が悪化したり、大きな喧嘩をしてしまったりした場合に、配偶者から極めて簡単に見捨てられてしまう状況になったということになります。
また、「偽装離婚」は有効な離婚であり、戸籍にも「離婚」と記載されますので、恋人を作ることが簡単になります。
「離婚」して法律上の配偶者が存在していないことは、公的な証拠(戸籍謄本、独身証明書など)により確認させることも可能です。
内縁(事実婚)であっても貞操義務(他の異性と性的な結合関係を結ばないという義務)は負いますので、パートナー以外の異性と性行為及びその類似行為を行なった場合には、当該行為は不倫・不貞として慰謝料請求が認められる余地はあります。
しかしながら、パートナーの恋人が公的な証拠(戸籍謄本、独身証明書など)を見て独身であると信じて肉体関係を結んだ場合には、不倫・不貞の故意や過失が認められずに、パートナーの恋人に対して不倫慰謝料を請求することが困難となる可能性もあります。
また、既に有効な離婚が成立している状況ですので、パートナーが新しい恋人との婚姻届を役所に提出すれば、婚姻届は役所に受理されてしまいます。
- パートナーの財産を相続できなくなる
「偽装離婚」は有効な離婚ですので、夫婦はお互いに相続権を失います。
離婚してしまっている以上は、内縁(事実婚)の関係が成立していたとしても、夫婦はお互いに法定相続人とはなりません。
そのため、パートナーが死亡してしまった場合には、パートナーの財産を相続することはできません。
3.「偽装離婚」はリスクだらけです
この記事を読んでいる方の中には、偽装離婚を検討している人もいるかもしれません。
ただ、ここまで説明したように、「偽装離婚」は後から後悔してもし切れないような大きなリスクを負う行為であり、本当の意味での夫婦関係の破綻・解消に繋がっていく可能性が十分にある行為です。
また、犯罪が成立する可能性もある行為ですので、「偽装離婚」は絶対にやめましょう。
もしあなたが夫婦の借金などで追い詰められており、生活をしていくために「偽装離婚」しか方法がないと思い悩んだら、専門家に相談をすることでの解決する方法を探してください。
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